2008年10月8日水曜日

この子だれの子

「この子だれの子」(ビル・ウィルソン著/万代栄嗣訳) と言う本を読んでいます。

著者はスラム街で、強盗に襲撃されるという危険な中で22,000人の教会学校を作り上げた人です。

現代の教会には子供が集まらないと言われているにもかかわらず、多くの子供たちが喜んで参加しているのです。

私はクリスチャンホ−ムに生まれ、教会学校には物心がつく前から出席していました。その幼い時に学んだ聖書の話しが、今のわたしになる基礎となり、信仰生活を支えてきました。幼いときから聖書を学んだことが大きな力となりました。

神学校時代、また卒業後も、一番力を入れたのは教会学校でした。子どもが好きでしたが、それ以上に子供の魂に聖書のみ言葉を届けたいという思いがあったからです。

今頃の子供たちは日曜日に教会学校集まらないと聞いています。何とか工夫して、祈って、子供たちに伝道をしてほしいと願います。

子どもたちを神様のみもとに導きましょう。


吹上

2008年10月7日火曜日

総司君の洗礼式

10月5日(日)サウスベイの教会(安藤秀世牧師)で、礼拝ご用をしました。

その時に学生としてサンディエゴに住んでいて、祈祷会に出席していた小田原総司君(今はトーレンスにあるドミンゲスヒル州立大学生)の洗礼式がありました。

学生寮に入るお手伝いをしたときに、「君が洗礼を受ける時はしらせてほしい」と言った事を覚えていて、(不覚にも私は忘れていました)安藤牧師にそのことを伝え、それで洗礼式に来られるのならば、メッセージと洗礼式、聖餐式を二人ですることになりました。

礼拝のメッセージは、子供と一緒の礼拝(月一回)日であるから、子どもに分かるように話してほしいというリクエストがありました。ところがアメリカ生活48年の間、日本語で子どもにお話しをしたことがないので、どう準備してよいのか見当がつかず困り果てました。

祈りました。

大人の礼拝では、きちんと原稿を書く習慣がついています。しかし、今回はその原稿がどうしても書けずに講壇に立ちましたが、聖霊様の導きと助けにより、自由に語ることができました。

洗礼式は、喜びのときであり、特に天上においても大いなる喜びがある時です。受洗した本人にも感動の時であります。帰宅したわたしに、総司君からメールがありました。

「今日はわざわざサンディエゴからお越しくださり、ありがとうございました。こちらに着いた時から、洗礼を受けて吹上先生をお呼びするのをずっと楽しみにしていました。メッセージまで聞かせていただいて、本当に一生忘れらない日になりました」

総司君、受洗おめでとう! 信仰の成長を祈っています。

吹上

2008年10月6日月曜日

こいぬのうんち

あなたの大嫌いなものを3つ言え」と言われたら,わたしの場合、必ず入れるのが「犬の落し物」ですと..。

「こいぬのうんち」DVD(ビデオメーカー)についての記事の中で、Fさんはこのように書いておられます。

他人の犬の落し物を、毎日始末させらているうちに、ノイローゼ状態になられたというのです。

そんなFさんとは打って変わって、私のブログ(インターネット)の師匠、Mさんは、毎月曜日に裏庭で愛犬のうんこ取りをされるようです。それはそれで毎週楽しくやっておられるようです。

月曜日といえば、多くの牧師たちは休みの日です。

ある牧師は、子供さんが学校に行っておられる間、夫婦水入らずでコーヒを飲みながら会話を楽しまれるというのです。コーヒがおいしくなるでしょうね。これは夫婦の大切はコミュニケーションのときです。毎週続けてください。

私は、ネコもいなくなったので、落し物の始末はなくなりました。毎日が休みの日(引退牧師生活)で、楽しくあれや、これやとやりながら生きています。

引退世俗老人の日々は感謝と喜びで満ちています。

吹上

2008年10月4日土曜日

77才にしては元気だなー

心臓につながる血管をひろげ、ステントを入れる手術を(2回)して、早くも2年と8ヶ月が過ぎました。その後、半年ごとに定期診察を受けています。

昨日その診察日であり、Dr.Gによる診察を受けました。EKGによる検診もしました。

診察が終わり、帰りかける私にDr.Gは「77才にしては元気だなー」と言われました。「どうして年令がわかるのか?」と問うと、コンピユータを指さして「ここに書いてあるよ」と笑っていました。

こちらもほめられたので、笑顔で「そうですか」と答え、握手して別れたことです。死線を越えてからは、本当に強められています。手術前は、疲れやすく、目まいがし、活気がない生活でした。今は、自分でも元気になったなーと驚くほどです。

特に食べるものにも気をつけていません。運動も休みがちです。(家内の首痛のため)

くよくよしない、いつも喜び、すべての事を感謝して生きています。心配すればきりがありません。神にすべてをゆだねて、思い煩わないことです。

これが世俗老人の元気な秘訣でしょうか。

吹上

2008年10月3日金曜日

みてのなかで

私の時は、あなたの御手の中にあります

詩篇31:15

今朝の聖書通読のときに、心に残った御言葉です。

「時は」とあります。詩人は悩み、苦しみによって、身も心も衰えており、消え行くような時に置かれていました。

「私のいのちは、苦しみで消え行き、私の歳月は嘆きで過ぎ去り、私の力は、苦しみで尽き果て、私の体も衰えてしまいました。、、私は、死人のように、人々から忘れられ、壊れた器のように見捨てられました」(詩篇31:10,11)

壊れた器のように、見捨てられるという悲惨な時でした。

私の人生にも、悲しみの時、苦しみの時、悩みの時、人に捨てられる時、いろいろな時がありました。

その時に、だれの御手の中に生かされているのでしょうか。自分にさからう敵の御手でも、苦悩の中でもなく、神の御手の中にあるのです。

たとえ、すぐに助けてくださらないように見える時も、御手の守りを信じて、心安らかに信頼していきたいです。赤ちゃんが、母の腕の中に安らかに眠っているように。

み手の中で  全ては変わる感謝に
我が行く道に 現わしたまえ
あなたのみ手の業を【リビングプレイズ13番より】

私の大好きな賛美です。

吹上

2008年10月2日木曜日

かゆみを止めるよい方法はないでしょうか?

家内の首痛は、今も続いていますが、(9月24日に書きました)10日ほど前から、私も背中がかゆくて,痒くて戦いです。

首の痛みに比べると、とりあげるほどではないのですが、どんなことでもその本人は辛いのです。犬が、足で(手?)かきむしっている気持ちが分かるようです。血を流すほどです。(すこしおおげさかなぁー)


私の皮膚がよくないのか、年に2,3回痒みが襲います。以前にはよく効いたぬり薬もききめがなく、アロエ軟膏もやってみましたが、、。かゆみを止めるよい方法はないでしょうか、あれば教えてください。

ブログを書くより、かゆみの解決が第一だと思いつつも、やっぱり何かを書かなければと、背中をかきつつ(頭も)ペンを走らせています。

よい知らせを待っています。

吹上信一

2008年10月1日水曜日

輝いて生きる世俗老人でありたいと

他人を成功あるいは失敗で判断します。、、人間の成熟は、成功よりも失敗や試練を通してこそ実現されるということです。また健康な人たちよりも、病気の人たちの中に真に人生を生きている人たちがあるものです。しあわせを求めるあまり、もっと富がなければならないとか、

もっと才能がなければならないと、あせって不幸せに沈んでいる人たちが案外多いかと思えば、試練や失敗に苦しんでいるように見える人たちの中に、ほんとうのしあわせに輝いている人が少なくないということも知りました。【トウルニエ博士の講演「人間性探求の旅」】

私の人生をふりかえってみれば、成功よりもはるかに失敗の多い歩みでした。

富とか才能とかを求めて、あせったりはしませんでしたが、失敗だらけの人生でした。でもその失敗を通して、自分の無力や傲慢を痛いほど教えられたことでした。

思うように事が進まないことによって、へりくだりを学んだり、神に祈り求めなければならないことを知りました。

人は失敗や病気をしなければ、とは言うつもりはありません。そのような辛い経験が無いほうがよいことでしょう。

しかし、そのようなことによって、人生が豊かになり、人間性を深め、人の痛みや悲しみに少しでも心から同情できるものになれるのではないでしょうか。

ほんとうのしあわせに輝いて生きる世俗老人でありたいと願っています。

吹上