2008年10月16日木曜日

祈りの人ネヘミヤ(2)

ネヘミヤは祈りの人でありましたが、また優れた指導者であり、その指導力にも教えられることです。近隣の人々のおどしや、抵抗、いやがらせを排除して、大工事をする部隊を守り、励まし、導いていくのです。

しかも、52日間という短期日で城壁を完成させました。それは、彼に指導された民の心からの協力、働きがあったからです。

「こうしてわれわれは城壁を築いたが、石がきはみな相連なって、その高さの半ばにまで達した。民が心をこめて働いたからである」(ネヘミヤ記4:6)

「民が心をこめて働いたからである」新改訳聖書は「民に働く気があったからである」と訳しています。
どんなに優れた指導者であっても、自分ひとりの力で、城壁を修理することは不可能です。
民の喜んでする協力が必要です。

ネヘミヤは「民に働く気」を「民が心をこめて働く」という、やる気をおこさせるリーダーであったというのです。(牧師も信徒にやる気を起こさせる魅力を持つこと。わたしには欠けていた?)

ネヘミヤは、ユダの地の総督に任ぜられますが、その「12年の間、わたしもわたしの兄弟たちも、総督としての手当てを受けなかった」(同5:14)と言うのです。無報酬の働きです。

ネヘミヤは祈りの人でしたが、また決断の人であり、組織力のある人でした。(3章)
彼の能力の背後にあった秘訣は何でしょうか。

1 神に心を動かされたということ。(召命ともいえるでしょう)新改訳聖書は「私の神が、私の心を動かして、、」(同2:12)とあります。自分の感情や、衝動ではなく、神に心を動かされて,事をしたのです。

2 祈りです。まず祈ってはじめました。(ネヘミヤ記1:4,2:4、4:9)

3 行動です。祈る、行動する、最善の努力をすること。祈るけれども、自分は働かないというのではなく、祈り、動くというバランスがあること。動くが、祈りが無いと言う人もいます。まず祈りましょう。どんな時にも。

吹上

2008年10月15日水曜日

祈りの人ネヘミヤ

ネヘミヤは信仰の人であり、よきリーダーでありますが、何よりも祈りの人であります。

祖国エルサレムの城壁はくずされ、門は火で焼かれたままであるという報告を、異国で聞いたとき「すわって泣き、数日のあいだ嘆き悲しみ、断食して天の神に祈って言った」とあります。(ネヘミヤ記1:3−4)

その祈りは「どうぞ耳を傾け、目を開いてしもべの祈りを聞いてください。、、昼も夜もみ前に祈り、、、主よ、どうぞしもべの祈りと、あなたの名を恐れることを喜ぶあなたのしもべらの祈りに’耳を傾けてください」(同1:6−11)というのです。

ネヘミヤは、当時アルタシャスタ王の献酌者であり、王に信頼されていました。(毒薬を入れろこともできる立場)

ネヘミヤの悲しげな顔をみた王は、何か心に悲しみがあるのかと問いました。ネヘミヤはエルサレムの町が荒廃し、その門が火で焼かれたままであることを聞いたので、悲しげな顔をしないではいられましょうかと答えました。そして、その地に行って再建させてくださいと願いました。

王の許可を得た彼は,期限を定めてエルサレムに出かけました。そこに着いたネヘミヤは三日滞在した後に、夜中ですが、町の城壁や,火に焼かれた門を調査しました。(同2章)その後、工事をする民たちの役割を決め(同3章)神の助けを得て、52日間で城壁を完成させました。(同6:15)

何の妨げもない中での作業ではありませんでした。さまざまな抵抗と妨害の中での突貫工事でありました。そのような苦難を乗り越えての完成でありました。

神は祈りに答えてくださったのであります。わたしたちもまず祈りましょう。

吹上

2008年10月14日火曜日

「くいだおれ」さんから学ぶべきこと

今年の夏、60年の長い間、人々に愛された大阪名物「くいだおれ」が閉店しました。

「人気が人気をよび、人が人をよぶ」という初代社長の言葉のとおり、人々に人気のあった店でした。だが時代の波に乗れなかったのでしょうか、多くの人々に惜しまれながらの閉店となりました。

2代目の女将は「もてなしの心」に徹して、お客さんを心から暖かく迎えられたいうのです。

教会は「くいだおれ」さんから学ぶべきことが多いと思いました。

「人が人をよぶ」を教会にあてはめた時、礼拝で恵まれた人、喜びにあふれた人が、人を導くのではないでしょうか。

「もてなしの心」とは、どんなに失望している人も、弱さをもつ人も、喜んで出席したくなるような、暖かい歓迎の心に徹して、信徒を大切にすることです。

教会の成長を祈ります。

吹上

2008年10月13日月曜日

祈り(10月12日 聖日礼拝)

愛と恵みに満ちたもう父なる神様

今朝、愛する方々と共に、神の民として、御前につどうことがゆるされ、礼拝を守るこのひとときを心から感謝します。

この礼拝を祝福し、今日でなければ受けることのできない豊かな恵みをお与えください。この礼拝で奉仕をしてくださる方々、またみことばを語るもの、聞くものの上に、聖霊のお助けをお与えください。

今朝、病気や、その他の理由で、礼拝を守ることの出来ない方々にも、この日を聖別された日として、主の恵みをお与えください。

訪日中の大倉先生ご一家、その他の人々の旅路を守り、祝福してください。留守の教会をお守り下さい。

今日初めて通訳のご用をしてくださるヴォトなおみさんを尊く用いてください。
この礼拝が、神のみがあがめられ、神に栄光が帰せられるようお導きください。
人を隠し、神のみを見仰げる礼拝にしてください。

聖霊さまの働きと導きを心から願い、この祈りを、イエスさまのみ名によってささげます。

アーメン

2008年10月11日土曜日

行くべきか、とどまるべきか

アブラムはききんの時、エジプトに下りました。(神の示しなしに)そこで妻の身に危険がおそいましたが、難を避けることが出来ました。パロは言いました「彼とその妻およびそのすべての持ち物を送り去らせた」(創世記12:20)

パロは、アブラムの妻に手をださず、たくさんの持ち物を与えて去らせました。

ヨセフとマリヤは、イエスを守るためエジプトに逃れました。(神の示しにより)

「立て、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまでとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」(マタイによる福音書2:13)

アブラムの場合、そしてヨセフとマリヤの時も、同じようにエジプトに下りました。しかし、神の示しによって行動をしたか、そうでないとは大きな違いがあります。

行くべきか、とどまるべきか、この決断をするのはむずかしいことであります。

気の早い私は、神のみこころを問わず、祈りもせずに決断したことで失敗したことの多いものです。しかし、失敗しても悔い改めて、神のみこころに従うならば、その事も益に変えられることを学びました。

吹上

2008年10月10日金曜日

きずな

百万人の福音に掲載されていた、熊谷めぐみさんの証しに感動しました。熊谷さんは2年間におよぶ闘病生活から、光の世界へと救い出された方です。

私と同じ「うつ」の経験があり、医師からは「治らないかもしれない」という宣告をうけられました。その苦しみや、どうして自分だけがこんなつらい目にあうのかという嘆き、いやされたいという焦りに悩まされるなど、うつの経験者でないと理解できない心境などが心を打ちました。

吹上


「きずな」  熊谷めぐみ

あなたが六つの時にパパは
家を出て行った
こんなに大好きな私のパパなのに
どうして一緒に住めないの?

あなたは泣いた
見つめるものがすれ違ったから
二人の絆は切れてしまった
あなたがいたのに別れがきたのね

私がママを守ってあげるから
強い子になったわね
神様ありがとう
もうママ大丈夫心配しないで
守ってくれる人がママのそばにいるから
これからはあなたが幸せになるのよ

あれから幾度も季節はめぐり
あなたが巣立って行くのでしょうか
いつでもママは祈っているわ
あなたがいい人とめぐり逢えるように
めぐり逢えるように、、、

2008年10月9日木曜日

こいぬのうんち(2)

「犬の落し物(うんち)」から学んだ事を書かずに、他の人の月曜日のことを書きました。

「犬の落し物」を見ると辛い思い出や、苦痛を感じる人があります。またそれを汚いとか、不潔であると嫌って始末をされるでしょう。

わたしは「ネコの落し物」を拾って、土に埋めて肥料にしました。

「犬の落し物」ですが、「神様は、意味もなく何かを作られないよ。君にも意味があるよ」というメッセージが、この作品のテーマですとFさんは書いておられます。

私のことばですが「くそ野郎とどなられ、嫌われるような人間も、意味ある人生に変えられる」ということです。

こいぬのうんちくんは、ある日、優しい声を聞きます。かわいいタンポポの蕾です。「あなたは私の肥料になるの」。

うんちくんに助けられてタンポポは成長し、きれいな花になっていくのです。かわいいうんちくん、よかったね。

そんな世俗老人の日々でありたいです。

吹上