2009年1月8日木曜日

わたしも財産家です!

苦しみにあったことは、わたしに良い事です。 

詩篇119:71


テレビを見ていて、「不幸は財産」という字幕を書き残しました。

その人は中学生の時に3週間ほどホームレスをした体験があり、公園で過ごし、空腹のためにパンを盗んで食べようと思ったこともありましたが、親のことばを思い出してとどまったというのです。

食べられる、風呂に入れる、寝る場所がある、そんな日常の事さえ出来ない、辛い環境に身を置くことによって、その何でもない日々のことに感動し、それが財産だというのです。

このテレビ番組を見終わり、わたしにも数え切れないほど沢山の財産があることを教えられました。痛みのないこと、食べること、雨露をしのぐ場所があること、歩けること、友人があること、等々。

わたしも財産家です!

吹上

2009年1月7日水曜日

七十、八十が働き盛り

年若い者も弱り、かっ疲れ、壮年の者も疲れはてて倒れる。しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはってのぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることがない。

イザヤ書40:30−31


「五十、六十はハナ垂れ小僧、七十、八十が働き盛り」

わたしは、まさに働き盛りの年令です。もう77才とは言わず、まだ77才で働き盛りですと言わせてもらいます。

「もう」には、終わりが近いようで、何もできないということでしょうが、「まだ!」と言い切ってしまうと、自分自身にシャキっとした前向きな姿勢が感じられます。

パウロは「わたしはすでに捕らえたとは思っていない、ただ一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、目標を目ざして走り、、(ピリピ人への手紙3:13−14)
と言っています。

背中がまがってくる年令です。でも背筋をしゃんと伸ばし、今年も天という目標を目ざして走って行きたいと念願しています。

お祈りください。

吹上

2009年1月6日火曜日

麗しく楽しいこと

見よ、兄弟が和合して共におるのは
いかに麗しく楽しいことであろう。 

詩篇133:1


新しい年を迎えました。今年は幸いにも2日から4日まで、毎日集会があり、みことばを聴く機会が与えられました。例年ならば土曜日の二回の聖会で終わるのですが、今年は一泊3回の聖会がありました。

講師も日本から来られたK師でした。聖書のなかの三つのたとえ話しを選び、分かりやすく、自らの体験から、実際的な生き方について語って下さいました。

心に残る内容であり、考えさせられ、悔い改めさせられるものでした。特にK師の住んでおられた所での大震災による人間の心理、行動、不安、その他はよい学びでありました。もっと多くの人々に参加してほしいと思ったことでした。

4日は例年のように、日英合同礼拝でした。満席で、もっと大きな教会堂がほしいと思いました。ことばは違っても、同じ信仰をもって、神を心から喜び、賛美しました。詩篇133:1節のみことばのように「麗しく楽しい」ときでした。

O師のメッセージは、パワーポイントを用い、よい例話もあり、後の物を忘れ、目標を目ざして走り、一事を努めるということでした。新しい年を歩み出すわたし達に指針となる内容でした。
感謝!

今年も目標に向かって、神の賞与を得ようと努めていこー!

吹上

2009年1月5日月曜日

サツマイモ

私は植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である

コリント第一の手紙3:6


サツマイモを見ると、私は戦前、戦後の食料難時代を思い出します。

当時サツマイモは貴重な食べ物でした。イモを食べるよりも、そのイモの葉を食べる生活でした。ゴボウのよな細いイモでも見つけたら、大喜びしたことでした。

狭いわが家の裏庭に、サツマイモの切れ端を肥料として埋めました。ところが芽を出したので、戦争中のことを思い出し、イモの葉を食べてみようかと思い、水をやり育てました。でも食べることはしませんでした。きれいなので鑑賞のつもりで育てていました。やがて葉が茶色に変化してきたので、きれいに除きました。

先日そこに野菜のくずを埋めようと土を掘ったら、何とサツマイモが出てきました。しかもその一つはおどろくような大きなものでした。
「おどろき、桃の木、さんしょの木」とうたいながら、その巨大なるイモを家内に見せると「ウワー」とおどろいていました。期待もしてなかった収穫でした。(来年もイモを植えようと決心)

みことばの種を播けば、知らないところで実を結ぶこともあるのではないでしょうか。


吹上

2009年1月3日土曜日

わたしのお正月

「もう幾つ寝るとお正月、お正月には」という歌のように、指折り数えてお正月を心から待った子供時代を思い出しています。

アメリカでは2日から普通の生活に戻りますが、昔の日本は5日頃まで、お正月気分で過ごしたことでした。(今はどうなのでしょうか)

子供のときは、凧を揚げ、羽子板で遊び(負けると顔に墨をつける)カルタ取り、ミカン取り(針に糸を通し、ミカンのふくろに投げつけて刺し、自分のところに引き寄せるゲーム)等、よく遊んだものです。

そして、何よりも「お年玉」をもらうのが、一番の喜びでした。昨日は久しぶりにその「お年玉」と書かれた袋を頂き、なっかしい子ども時代を思い出しました。

それからお正月料理です。「おふくろの味」がもう一度味わいたいです。お煮しめを作ってみましたが、今年も母と同じ味はだせませんでした。

わたしのお正月で欠かせないものは、京都風のお雑煮です。白みそで味をつけ、餅と小芋だけで、鰹節をたっぷりとのせてるというシンプルなものです。これを食べることで、わたしのお正月が来たことになるのです。


吹上

2009年1月2日金曜日

喜び歌う者

朝には、あなたの変わらぬ愛で、私たちを満足させ、生涯にわたって、喜び歌う者としてください。  

詩篇90:14(現代訳聖書)


朝ごとに、神の変わらない愛で満たしていただくことにより、生涯にわたって、喜び歌う者になれたらと思った朝です。

主よ、そのような生涯に導いてください!

心から歌っている人には喜びがあふれています。神の愛で満足した心になったら、喜びがわき、賛美が口から出るでしょう。

今日も、喜び、感謝にあふれて、主をほめたたえます。

吹上

2009年1月1日木曜日

主と共に歩む喜び

謹んで新年のお慶びを申し上げます。

皆様の上に、神の豊かな祝福がある2009年でありますようにとお祈りいたします。
本年もどうか、愛と祈りのサポートをよろしくお願いします。

わたしに与えられた今年のみことばは、

この日はわれわれの主の聖なる日です。憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です。(ネヘミヤ記8章10節)


もう一つ

「主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい」(ピリピ人への手紙4章4節)


主ご自身を喜ぶこと、主にあって、主と共に歩む喜び、そのような一年を願っています。

吹上